書かずに死ねるか
このタイトルにひかれて読みました。
難治がんになった新聞記者が闘病生活について書いた本だと思っていました。
著者 野上祐さん。
野上さんはすい臓がんのため2018年12月28日に亡くなられています。
2016年1月に受けた人間ドックでがんの可能性がわかり、精密検査の結果すい臓がんが判明。2016年2月に摘出手術を受けるもガンの細胞を取り除くことができませんでした。
摘出できなかった場合の1年後の生存率は10%。
そんな状況の中書かれた本でした。
この本について
- 朝日新聞2016年7月、2017年10月、2018年5月の掲載記事
- 朝日新聞デジタル(のちに「AERA dot.」に転載)の連続コラム
- 【がんと闘う記者】2016年7月から2017年8月
- 【書かずに死ねるかー「難治がん」と闘う記者】2017年9月から2018年11月
の掲載記事をもとに作成されています。
コラム配偶者として
この本は4章で構成されていて、それぞれの章の終わりに野上さんの奥さんが野上さんとの闘病の記録をコラムにしているものです。
表題は「配偶者として」
野上さんは、奥さんのことを「配偶者」と呼んでいました。
配偶者には性別がありません。
夫にとって妻、妻にとって夫が「配偶者」。
感情がない言い回しだと感じていましたが、本を読み終わる時には配偶者という言葉が耳にのこりました。
奥さんはもう一人の自分という意味をあらわす言葉に、配偶者は思えました。
奥さんの書かれるコラムは野上さんのものとは全く違うタッチでした。
書き手が変わると、こんなにも雰囲気が変わるんだなと思いました。
「優しい、落ち着いた、低い声」のイメージがしました。
自分の夫がすい臓がんで治療法がない、そんな状況の配偶者が書いた記録なのにです。淡々と優しい落ち着いた感じがする文章でした。
野上さんに支えられて私がいると言われている部分がありました。
すい臓がんを宣告され、もう治療方法はないと言われているのにです。
自分で自分にお礼をするような
なるほど本書には彼女とのやりとりが繰り返し出てきますし、書き上げた文章に意見をもらうことや、二人の会話からコラムが生まれることもザラです。それだけこれはその辺に転がっているお世辞や身内ぼめと違い、文字通り二人で書いた本なのです。
なのに捧げられたら、自分で自分にお礼するような。
それって、おかしなことじゃありませんか。2018年12月25日 野上祐
あとがき より
奥さんがいての野上さん、だったんだな。
書かずに死ねるか
野上さんは抗がん剤の副作用から指に痛みやしびれを感じるようになります。
握力も低下してきて、キーボードを使って文章を書くことができなくなります。
その時にスマホで文章を作り、編集者とやりとりしていました。
AERAの連載は、1週間1本土曜日配信。
7日のうち5日を休養、2日を執筆に充てていました。
いつ体調が悪くなって書けなくなるかもしれない中で、連載は途切れることなく続きました。
書かずに死ねるか
2018年12月29日の投稿
「AERA dot.」で野上さんのコラムを読むことができます。
12月27日まで推敲を重ねたコラムでした。
最後の言葉は
それでは、みなさん、良いお年を。
自分の容態がわかっていたのか。
一番最後に書いた記事が、まとめ記事なんて。
書かずに死ねるか まとめ
何かを書いて残したいと思いました。
明日はきっといい日になる。
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